「Never End The Game!」  第1章


「本当にすいません」
 長い黒髪の少女が、お辞儀をした。
「……何の事だよ? あんた、誰だよ?」
 その少女を見つめる男性。茶色い髪の毛が目に被っている、端麗な顔つきの青年だ。そして、彼の右腕は根元からすっぽり無かった。
「私……霧島彩(きりしま さや)と言います。その……あの……事故を起こした時に車に乗っていたのは私の両親なんです」
 その瞬間、杉矢泰紀(すぎや たいき)の顔が強ばる。
「……事故。ああっ、そうか。俺、事故に遭って……」
 無くなった右腕を見ながら、泰紀はぼやくように言う。その様子を見て、彩は思い切り頭を下げる。
「本当にごめんなさい! あなたの……人生を台無しにして……」
 泰紀はしばらくぼやいていたが、やがて情況が理解できたのか、鋭い眼光を彩に向けた。その目を見て、また彩は頭を下げる。
「本当にすいません」
 目の前で必死に頭を下げて謝っている彩。しかし、泰紀の目は変わらない。
「あやまらなくていい。だから、俺の腕を返せ」
「……本当にすいませんでした!」
 彩はまだ謝っている。泰紀は残った左腕で、そんな彼女を押し退ける。
「きゃっ!」
「謝ったって何にもならないんだよ! さっさと出ていけよ!」
 彩は尻餅をついて倒れ、それからゆっくりと立ち上がり、泰紀に深い深いお辞儀をして、病室の扉を開けて出ていこうする。
 と、そこにはいるはずのない、金髪のナイスバディの女性がいた。目が点の彩は、ポカンと口を開ける。
「法子さん……何してるんですか?」
「……あれ? 私、出番じゃなかったでしたっけ?」
「……」
「……」
「……ははっ、違ったっけ……にゃはは」
 香山法子(かやま のりこ)は苦笑いをする。が、私は許さない。
「カットぉ! こらっ、法子! 何で出てくるんだ! オメーの出番はもう終わりだ!」
「ごめんなさぁい! マスター」
 法子はその場に土下座して、ペコペコと謝る。私と泰紀と彩は重いため息をもらした。
「リハーサル中止。伊藤ちゃん、映像戻しておけよ」
「ういーーっす!」
「……その言葉遣い、どうにかならないのか?」
「ならないーっす」
「……」
 カメラマン伊藤の間延びした声に、私はもう一度ため息を漏らした。この世界唯一のカメラマン。卓越したテクニックを持っているが、出演しないからなのか、かなり適当な服を着ている。まあ、いい画さえとってくれればいいので、私は何も言わないのだが。
 ここはとある病院の一室。畳十畳程度で、ベッドが一つに窓が一つ、極々普通の病室だ。今、室内はゴタゴタとしている。リハーサルが終わり、カメラマン伊藤はテープの整理、役者の泰紀、彩、法子の三人は台本を見直している。今はリハーサルだったから良かったものの、これが本番だったら、と思うと肝が冷えた。
「いやぁ、疲れた。マスター、法子さんは別として、僕はどうでした?」
「お前はよかったぞ、泰紀」
「でしょ?」
 ベッドの上で、泰紀は満面の笑顔になる。劇中ではなかなか見られない、泰紀の笑顔だ。右腕が無いのがすこし可哀相だが。
 一方、彩の方も劇中ではなかなか見られない怒り顔で法子を見下ろしている。
「法子さん……。私達がこんなに頑張ってるのに、どうして法子さんは!」
「ひえええ! ごめんなさい、ごめんなさい! 彩さぁん!」
 ガアッと歯を剥き出しにする彩に、法子はただただヘコヘコと謝るだけだ。
 その時、病室のドアから見慣れた顔が三つ出てくる。ツインテールの青髪の少女、紫色の長髪の女性、そして赤髪の青年の三人だ。
 その中で、ツインテールの少女が冷えた目で彩を見つめてた。歳は中学生程度に見える。しかし、実際は高校二年生という設定だ。
「彩さん。そんなに人の事言えた義理じゃないと思いますけど」
 少女の言葉に、彩の眉が釣り上がる。
「……何よ、美優。私の演技に何か問題でもあった?」
「はい。泰紀さんに対して強い謝罪の念があるわりに、彩さんの態度はまだまだです」
「何ですってぇ! 後輩のくせに生意気ね、あんた」
「設定だけじゃないですか。生まれた時間は同じです」
「……減らず口を」
「こらこら、二人共、やめろ」
 私は懸命に二人を宥める。
 相田美優(あいだ みゆ)は劇中の設定では彩の後輩の設定なのだが、実際はどちらが後輩なのかよく分からない。幼げな体のわりに、クールなのだ。
 そんな二人の隣では、赤い髪の毛を格好良くキメた男が泰紀にタオルを手渡していた。
「おつかれさん」
 見た目はかなりイケてるお兄さんという感じだ。だが。
「丈一、俺達にタオルは要らないだろ。本物の人間じゃないんだぞ」
「あっ……そうだっけ?」
「そうだよ」
「あはは、またやっちった」
「うん。十回目ぐらいだな」
「……」
 沢木丈一(さわき じょういち)。泰紀の大の友人という役で、かなり頼りになるという設定だが、実際は法子と同じくらい頼りない。
「おつかれさま、彩ちゃん。上手だったわよ」
 彩に声をかける女性。このメンバーの中で最も長身で最も大人っぽい。紫色の髪の毛にはウェーブがかかり、仕草も他の誰よりも落ち着いていた。
「どーも。真澄さんは出番が少なくていいですよね」
 彩が確信犯的に言う。金井真澄(かない ますみ)はそんな刺のある言葉にも動じない。
さすが、学校の先生という役柄なだけの事はある。
「まったくだわ」
「……」
 彩は煮え湯を飲まされたような顔になる。そんな真澄は今度は泰紀の所へ歩いていく。
「さすが私の彼氏。ちゃんと様になってたじゃない」
「どうも。でも、ゲームの中ですよ、彼氏彼女って関係は」
「あら。いいじゃない、現実でも。私は構わないわよ」
 真澄は泰紀の肩に手を回す。泰紀と真澄は付き合っているという設定だ。勿論、それは劇中だけなのだが、彩にはどうやらそれが気に食わないようだ。
「ちょっと真澄さん! ゲームの事情を持ち込まないでください。それに、すぐに破局するじゃないですか!」
「最初はそうだけどね。でも、選択によったらまた“より”を戻すのよ」
 だが、真澄は相変わらずの態度だ。
「だーかーら、それもユーザー様次第じゃないですか! ったく……ちょっとお得な設定だからって……」
「私もいい体してますよぉ」
「……法子さんは黙っててください」
 色気ゼロの法子の発言に彩は眉頭を揉んだ。
 泰紀、彩、法子、美優、そして丈一と真澄。この“ゲーム”のメインキャラクターはこの六人だ。話も一通り終わったようだ。ちょうどいい。
「おい、みんな。聞いてくれ」
 私がそう言うと。美優が私の方にやってきて、私を持ち上げる。
「何ですか? マスター」
「美優……。いくら私がゴムボールみたいな姿してるからって、子猫を持ち上げるみたいにしないでくれないか?」
「いいじゃないですか。可愛いんですから。それより、何かお話があるんじゃないんですか?」
 美優は私を胸に抱いたまま、病室のベッドに腰掛ける。
 私の体は他のメンバーと違って、人の形をしていない。サッカーボールのように球体をしている。そこに、おふざけで彩と泰紀が目と鼻と口が描いてしまった。その結果、私の顔はどんな時でも少女漫画のヒロインのような顔だ。……情けない。
 美優の膝の上にいる私。ちょっと間の抜けた格好だが、まあ、話が出来ればいい。幸い、ここなら六人全員の顔が見れる。
「みんな、いい話がある。この作品がある人の手に渡った。つまり、人に買われたわけだ」
「本当ですか? いやぁ、やっと日の目を浴びる日が来たんですね!」
 彩が万歳をして喜ぶ。泰紀も真澄も美優も嬉しそうだ。しかし、法子と丈一はどこか不安げだ。
「おそらく、あと一日かそこらで“本番”が始まるはずだ。きっと、もう練習をしている時間はあまり無い。もしかしたら、あと十秒後に始まるかもしれない」
「……」
 言葉の無い六人。
「もう私が言える事は一つしかない。みんな、精一杯頑張って、ユーザー様を満足させよう!」
「はい!」
 元気良く答える六人。私は満面の笑みで、そんな六人を見つめた。
 そんな時だった。辺りにけたたましいサイレン音が鳴り響いた。私やカメラマン伊藤を含め、六人の顔が強ばる。
 女性の声がこだまする。
「緊急事態、緊急事態。ユーザー様が本ディスクをゲーム機内に入れた事を確認。舞台はプロローグ第一。出演者及び、各関係者は所定の位置についてください。繰り返します」
「マスター!」
 泰紀が叫ぶ。私はするどい(つもりの)顔つきになる。
「よし。ついにこの日が来た。泰紀は事故る道路の所まで走れ。ちゃんと腕をつけておくんだぞ。他のみんなも所定の位置につくんだ。伊藤! 行くぞ」
「アイアイサー!」
 私の声で、皆一斉に走りだした。


 つい最近、ある恋愛シュミレーションゲームが発売された。
 『夜が明けるまで君を抱こう』
 交通事故に遭い、右腕を失ったピアニスト志望の青年と、事故を起こしてしまった人間の娘との交流を描いた、シリアスな恋愛物だ。
 このゲームのシステムは一般的な選択方式タイプで、話が進む度に選択肢があり、その選択によって主人公と恋愛関係になる女性が変わっていくという、ポピュラーな形式の作品だ。
 この作品の一番の売りは映像全てがフルアニメーションであるという事と、人気原画氏と人気シナリオライターによって作られているという事だ。その為、発売される前からかなり注目をされていたらしい。
 しかし、この作品には普通の人ならば知らない事実が存在した。それは、このゲームのキャラクター達は自らの意志を持ち、そして彼らがゲームのキャラクターを演じる事によって、ゲームが成り立っているという事だ。
 我々は、人の手によって作られた仮想の世界に生きる、仮想の存在だ。仮想なのでトイレに行く必要も無ければ、食事もいらない。お風呂に入る必要も無いし、眠る事も無い。しかし、自分達の意志で動いたり喋ったり出来る。不思議な事と思うかもしれないが、実は大して不思議でもない。恋愛シュミレーションゲームの裏側はどれもこうなっている。
 皆、ぶっつけ本番の“ゲーム”を行なっているのだ。
 ユーザーが見ている映像。つまり、一般家庭のテレビに映る映像は、カメラマン伊藤の撮る映像がそのまま映る。ユーザー様がゲーム機の中にこのゲームのディスクを入れると、我々の住む世界にけたたましいサイレンが鳴り響き、我々は急いでゲームの物語をカメラの前で演じなければいけない。
 最初はいい。始まる場所は決まっているのだから。だが、いくつもセーブが出来ると、ユーザー様がどこから始まるのか分からない。そして、どこで終わりにするのかも分からない。その為、我々はあらゆる場合を想定して、ゲームに臨まなければならない。
 私の名前はマスター。この作品の総監督を努める人工知識だ。そんな私もようやくリハーサルの日々から抜け出す事が出来る。これからは正真正銘、本物のゲームが始まる。
 しかし、問題は多い。まず、キャラクター達は何故だかゲームの中のキャラとの性格が一致していない。気弱な性格の彩は、現実では誰よりも元気で態度がデカい。泰紀もゲームでは重い雰囲気を持ち合わせているのに、現実ではいつも気楽な感じなのだ。他のメンバーもそうで、その本当の性格が本番中に出ないか、恐くてたまらない。
 また、本番中に台詞を忘れてしまったり、誰かにトラブルがあったりと、考えだすとキリが無い。
 だが、やめるわけにはいかない。我々はこれをやる為に生まれてきたのだ。何が何でも、やりきってみせる!
 さあ、ゲームの始まりだ!


第1章・完
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